「良いWebコンテンツってなんですか?」という素朴な質問をされて
先日、宣伝会議さんの編集ライター養成講座で講師をさせていただきました。
テーマ「AIと編集を考える」。
企画・取材・執筆・編集という各工程における勘所を紹介したうえで、AIをどう使いこなして業務設計していくか、、という構成で話しました。
ちょっと盛り込みすぎて話が右往左往したけれど、開催後アンケートは高評価で一安心。。
この講座への登壇はこれで3回目になるのですが、宣伝会議の編集ライター養成講座の受講生の方は皆さんまじめな方が多いので、かなり聞く姿勢をもって聞いてくださったのだなとも思います。
講座後、数人の受講生と雑談していたのですが、「結局良いウェブコンテンツってなんだとおもいますか?」という質問がすごく印象的だったので、今日はその話をしたいと思います。
◆「良いWebコンテンツってなんですか?」という素朴な質問に
「良いウェブコンテンツとは何か」と言われてぱっと思い浮かんだのは、「人生をよくしてくれるコンテンツ」でした。が、「それって例えば、どの記事ですか?」「URLは?」と言われると、とさし示しづらいのにも気づきました。
スイミーの群れみたいなもので、記事単体で人生をよくするというより、コンテンツ群として、時には興味をひき、ときには深いところまで考えさせて、時には行動を促すような集合体としてのメディアを作るのが大事なんだろうなぁと思っていたからなんだろうなと、後になってから思いました。
ウェブコンテンツは、単体で完結しているというより、
群れとして効いてくるものなんだろうなあと。
スイミーの群れみたいに、小さな記事が集まって、ひとつの大きな形をつくるようなイメージ。
ある記事は興味を引く。
ある記事は視点をずらす。
ある記事は背中を押す。
ある記事は、ただただ読者の考えに寄り添う、みたいな。
その集合体としてのメディアが、じわじわと読者の人生に影響していく感じというか。
特に僕はメディアを運営するとき、単体の記事ではなく、「コンテンツ群」としての設計をどうするかを考えているんだろうなとも気づかされました。
◆「良いページとは何か」と問うようなもの
「人生を動かす本はあるけど、人生を動かすウェブメディアはない」
そんな言い方をされることがあります。そしてちょっと、分かる気もします。
でもそれって、本を分解して、
「良いページとは何か?」
と問うているのに近い気もします。
本だって、1ページだけを読んで評価するわけではなくて、
章の流れがあり、全体の構造があり、前後の文脈があってはじめて効いてくる。
ウェブも同じで、1記事だけを切り出して「良い・悪い」を断定するのは、少し乱暴な気もしてきます。
ウェブコンテンツは、メディアという構造物の「一部」でしかなくて、
一部だけでは良し悪しは測りきれない。
それでも、「記事単体で問うなら、、」という視点で僕は「(良いWebコンテンツとは、)果たすべき役割を果たすコンテンツですかね…」と答えました。
もっとキャッチーで「なるほど」と言えるようなことを言えたら良いんだろうなぁと思いつつ。ここは今後の宿題にします。
◆AIと編集を考える
話を戻して、今回の講座は「AIと編集」がテーマでした。
AIを使えば、一定水準の情報整理は速くできる。
網羅的な記事も量産できる。
でも、
このメディアは、どんな人生に寄り添いたいのか
どんな方向に読者を連れていきたいのか
どんな群れをつくりたいのか
ここは、人間側の設計思想が問われるところだな、とも思います。
「良いウェブコンテンツとは何か?」という問いは、
単体の記事の完成度だけではなく、
読者の人生とどう接続する設計になっているかという問いのようにも思えてきます。
受講生の方の素朴な質問は、
結局、編集という仕事のど真ん中を突いていたのだなぁと、あとからじわじわ感じています。
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